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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)6854号 判決 1961年10月09日

判  決

品川区西中廷一丁目二五八番地

原告

平山正二

右訴訟代理人弁護士

内田剛弘

同所同番地

被告

高沢志乃

右訴訟代理人弁護士

金原政太郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

(省略)

理由

被告より訴外平山かつに対する東京区裁判所昭和一七年(ノ)第一四一号土地明渡等戦時特別調停事件の調停調書には、

(イ)、本件被告は、訴外かつに対して本件土地を引続き転貸し、訴外かつは、昭和一七年一〇月一日より一ケ月坪金二〇銭の割合による地代を毎月末日限り本件被告方に持参して支払う。

(ロ)、本件土地中共有部分については、右の賃料の外に共同部分の半分の地代を訴外かつにおいて負担することとし、前項の地代との合計金八円七拾銭を昭和一七年一〇月一日から毎月末日限り本件被告方に持参して支払う。

(ハ)  訴外かつが右地代の支払を怠り、その額が一ケ年分に達しはときは、本件被告は、即時右転貸借契約を解除することができ、この場合には、訴外かつは、その所有の建物を収去して本件土地を本件被告に明け渡す。

等の調停条項が定められていること、原告は、訴外かつの養子で昭和一八年六月一日訴外かつの隠居による家督相続により、訴外かつの右調停調書における債務者としての地位を承継したこと、被告は、「転借人である原告が、本件土地の賃料を一年分以上滞つたので、被告は、昭和三五年七月二八日その転貸借契約を解除し、転貸借は終了した」。という理由で、東京地方裁判所から、昭和三五年八月一五日原告を右調停調書における債務者の承継人として、調停調書の正本に執行文の付与を受け、同月一六日その正本が原告に送達されたこと、は、当時者間に争いがない。

原告は、先ず、「本件土地の転貸借契約が、昭和三五年三月一日か同年四月一七日の合意解約によつて消滅したから、その執行文の付与に対して異議を申し立てるものであるが、これをもつて請求異議の訴の異議事由とするものではない」。と主張するところ、執行文付与に対する異議の訴において主張することのできる事由をもつて請求異議の訴における異議事由とすることができるかどうかはともかく、執行文付与に対する異議の訴において主張できる異議事由は、保証を立てたこと又は条件の成就したことを争う場合、若しくは承継を争う場合に限られ、その他の事由は、請求異議の訴における異議事由として主張できるものであつてもこれを主張できないものと解するのが相当であり、原告の右の主張は、執行付与に対する異議の訴の異議事由としては主張自体理由がないものといわなければならない。

そこで、執行文を付与するについて執行の条件が成就しているかどうかについて判断する。

(証拠)によれば、被告は、原告の方で昭和一一年一月分以降の本件土地の賃料を一年分以上廷滞するのに至つたので、本件調停調書の条項十(前掲調停条項の(ハ))の定めるところにより昭和二三年二〇日附の書面で本件転貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、その書面は同月原告方に配達されたこと、しかしながら、右書面の名容人は、「平山かつとなつており、原告あてではなかつたので、被告は昭和三五年七月二八日改めて原告を名宛人として契約解除の意思表示をしたものであること、昭和二三年八月二六日当時原告は訴外かつと同居しており、且つ被告としては、訴外かつが隠居して原告がその家督を相続して本件土地の転借人たるの地位を承継したことを知らなかつたので、訴外かつ名宛人として記載したものであること、原告は、昭和二三年八月二六日の契約解除の書面を受け取ると、直ぐ兄の訴外千葉光三に依頼して原告訴外かつ及び訴外光三の三名で被告方を訪ねて円満解決方を懇請したが、被告の容れるところとならなかつたこと、その後も原告は、本件土地の賃料を支払わずにいたが、昭和二六年九月二六日になつて昭和二一年一月分から昭和三六年九月分までの五年九ケ月分の賃料を供託するに至つたものであることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

以上認定の事実関係からすれば、昭和三三年八月二六日の契約解除の意思表示は、名宛人の表示こそ訴外かつ名義になつていたとはいえ、原告自身に対する意思表示として有効なものであつて、その意思表示は、同日頃原告に到達したものであると解するのが相当である。

とすると、本件土地に対する原被告間の転貸借契約は、昭和二三年八月二六日限り解除となつて終了したものといわなければならない。

原告は、執行文の付与があるまでに延滞賃料の支払があれば執行文を付与することができないと主張するけれども、契約が解除されるまでに延滞賃料の支払がなくて有効に解除の効果が発生した以上、その後執行文の付与される前までにその支払のための供託がなされたとしても、本件調停調書の執行についての条件は成就しているものとして執行文を付与するのは何等さしつかえないところであるから、この点に関する原告の主張は、採用することができない。

また、原告は、本件調停調書の第十項は、無催告の解除を認めたものではないと主張するところ、なる程、成立に争のない乙第一号証の一によれば、調停条項中には、「何等の催告を要せず契約を解除することができる。」旨の記載はなく、「地代の支払を怠り、その額一ケ年分に達したる時は、即時本件賃貸借契約を解除し得べし」、と記載されているけれども、証拠によれば、本件調停は、当時の本件土地の転借人であつた訴外かつがその賃料の支払をしなかつたので、被告が賃料不払を理由として契約を解除して本件土地の明渡の訴を提起したものが、調停に廻つて前記のような内容の調停として成立したものである。と認められる(右認定に反する証拠はない。)ところからすれば、「即時に契約を解除し得べし」とは、何等賃料支払の催告を要せずに契約を解除することができる旨の調停条項であると見るのが相当であり、この点に関する原告の主張もまた採用することはできない。

本件の執行文は、昭和三五年七月二八日の契約解除によつて条件たる事実が到来したことを理由として付与されたものであることは、当事者間に争のないところであり、(証拠)によれば、原告は、右契約解除の意思表示のあつた時までに、それまでの延滞賃料全額(尤も、その供託には遅延損害金は含まれていない。)を弁済供託しており、仮りにその供託の効力が認められる限りにおいては、右昭和三五年七月二八日の契約解除の意思表示は効力がないというべきであるけれども、執行文付与に対する異議の訴において、その口頭弁論終結当時までに他の事由によつて条件たる事実の到来が認められる限り、執行文付与手続の瑕疵は治癒されるに至つたものと解するのが相当であるところ、前記判示のように本件土地の原被告間の転貸借契約は、昭和二三年八月二六日解除となつて終了したものであり、本件調停調書の執行の条件は成就しているものと云うべきであるから、本件執行文の付与は、結局適法なもので、その執行文は有効なものといわなければならない。

とすると、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当として棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二八部

裁判官 吉 永 順 作

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